読書

感情の縦糸 -2013年を振り返って-

怒る、ということは、全くなしにはできない。我々が生きていく中で、怒るということがなくなれば、きっとものごとを表現する意義もかなり薄れるのではないか。しかしどんなものも過ぎたるは猶及ばざるが如し。特に怒ることというのはなかなかに刺激の強い薬…

お前はうちの子ではない橋の下から拾って来た子だ

「あんたはね、豊平川の橋の下で拾ったんだよ」叔母に何度となく言われた言葉だ。本気になどしなかったし、冗談だとわかっていたので笑い話だ。 その後大人になってから、お前は橋の下で拾ったというこの言い回しが、実は全国で存在しているということを知っ…

フアン・ルルフォ『ペドロ・パラモ』

私達が小説を読む時、私がそうしたこうした、何年後にどうしたこうしたと、筋道をたてて、歴史を追うように話が展開していく。一つの町と、そこに住むある男についての話だとすれば、壮大な時間の進行とともに、男の軌跡が語られていくかもしれない。それを…

Rosbeg / ソニー・ラブ=タンシ『一つ半の生命』

最近はFlookのRubai収録のRosbegをF管ホイッスルで練習している。動画はフルートだけど、非常に暖かみがあって好きな曲だ。非常に簡単そうに聞こえるが、シンコペーションの多用でややリズムが取りにくくなっている。とはいえそこまで難しいわけでもない。吹…

ナーズム・ヒクメット『フェルハドとシリン』

トルコの詩人による戯曲である。トルコの文学もまた、日本人にはなじみの薄いものかもしれない。自分も初めて読む。トルコといえば自分にとって、旋舞(セマー)を行うメヴレヴィー教団が真っ先に想起される。セマーは自分に強烈なインスピレーションを与え…

オラシオ・カステジャーノス・モヤ『無分別』

エルサルバドル文学だ。最近知った作家ではあるが、来日経験があり、更に安部公房と大江健三郎の研究も行なっていたという、必然的な出会い。とはいえ新進気鋭というわけでもなく、それでも次世代を担う作家なのは間違いない。文学の成熟は時間がかかるのを…

時計を合わせる

最後に記事を書いた時、読書メーターがあるなら、ここに書かなくてもよいのでは? という問いが頭をよぎった。一冊読んだ、書かない、一冊読んだ、書かない、もう習慣。Twitterもそれを加速させていた。 しかし、実生活がそれらを吹き飛ばすほど色濃く、良い…

聖人か狂信者か

バルガス・リョサ『世界終末戦争』を読了した。疲れと多忙もあって、合間に時間を見つけては読んでいたりもしたのだが、かなりの時間がかかってしまった。思うに、二段組の本は人間の睡眠を誘発させる成分が含まれているに違いないと、改めて確信した。 『世…

安部公房『砂漠の思想』

エッセイがうまい作家というのはかなりいる。しかしエッセイも小説も抜群にうまい作家というのは、実は結構少ないと思う。その中にあって安部公房は、エッセイも小説も抜群にうまい。その徹底した分析思考を、作家こそ持つべきだと思う。作家は仮説(無論学…

安部公房『けものたちは故郷をめざす』

定住することというのは、安定した基盤を築くことに繋がる。誰もが安定したいし、何か自分の身分を証明できるものを持ちたいと思う。 この作品は、安部公房の満州引き揚げ体験がベースとなっている。この経験によって彼は故郷から切り離され、地に足つかぬ生…

今福龍太『クレオール主義』

「十字路になりなさい」 境界文化における自己の存在証明について葛藤したグロリア・アンサルドゥーアの言葉だ。十字路とは様々な人や文化が出会う場所……。 安部公房作品を読んでいると、まずぶつかるのが境界の問題ではないだろうか。戦後、故郷を失い地に…

菊地成孔・大谷能生『東京大学のアルバート・アイラー―東大ジャズ講義録・キーワード編』

前期は歴史を扱ってきたが、後期は「ブルース」「ダンス」「即興」「カウンター/ポストバークリー」について扱っている。なお、各キーワードの最後の講義には、それぞれの分野から専門家を招いて話を聞くという形式をとっている。 全体的に歴史編と比べて、…

菊地成孔・大谷能生『東京大学のアルバート・アイラー―東大ジャズ講義録・歴史編』

東京大学で行われたジャズの歴史についての講義録。各年代にジャズ奏者達がどのように即興演奏を繰り広げ、理論を突き詰めていったのか、その栄枯盛衰をわかりやすく説明している。 ジャズといえども、それ単体で歴史を語るのは非常に難しく、当時の世相や流…

武田泰淳『ひかりごけ』

武田泰淳を読むのはこれが初めてだ。きっかけは、実在の人肉食事件を題材にした表題作に惹かれてだ。 表題作を読んだ時、久々の感動に包まれた。このような作品を今まで知らないでいたのかと、自分を恥じてしまうほど。 主人公は羅臼の校長から戦時中、船が…

森見登美彦『有頂天家族』

森見登美彦、といえば阿呆な話を書く人、と思っている人も多いだろう。例外もあるが事実その通りだ。 『有頂天家族』は主人公が人間ではなく狸だ。他にも天狗なども出てくる。人間もいることはいるが、特定の人達を除けばそこにフォーカスはほとんどあたって…

中上健次『枯木灘』

血というものは難しい。確かに一族の結束は生む。しかし、その繋がり自身によって瓦解もするという危険も孕んでいる。 主人公の秋幸は非常に複雑に入り組んだ家系にいる。母親のフサは西村家の主人のもとで四人の子供を生み、浜村龍造との間に秋幸を生み、最…

福岡伸一『生物と無生物のあいだ』

以前から、分子生物学への興味は持っていた。それは昔、ある対談で安部公房が「娘に、これからはコンピュータと分子生物学を学んでおきなさい、と言っている」という話からだった。どうやら、この安部公房の炯眼は本物だったようだ。 ただ、この本に関しては…

安部公房『夢の逃亡』

安部公房の中でも、長い間空白が多かった昭和二十年代に発表された短編を集めたもの。観念的かつ思想に満ち溢れた、おせじにも読みやすいとは言えない作品から、「デンドロカカリヤ」、『壁』に至る道筋がわかってくる。 前半は、特に「牧草」なんかは安部公…

安部公房『内なる辺境』

主に正統と異端について語ったエッセイ集。とはいえ「ミリタリィ・ルック」、「異端のパスポート」、「内なる辺境」の三編しかないので、すぐに読み終わる。 人間の根源的な行動である定住と移動という観点から、正統と異端を導きだし、それを現代の国家で考…

バルガス=リョサ『緑の家』

まず読んで思うのは、その構造の複雑さだろう。複数の物語が、時間軸もばらばらに展開されていく。しかし読んでいくにつれ、それだけのことで、実はひとつひとつの物語は非常に筋の通ったわかりやすい内容だ。文章自体も平易でわかりやすい。 この物語の主人…

安部公房『死に急ぐ鯨たち』

安部公房のエッセイや対談を集めたものだが、主に扱っている内容が儀式、言語、国家、DNA、作品の在り方、他の表現方法についてなどで非常に濃い。ましてや分析狂の安部公房だ、おとなしく済むはずがない。 安部公房がオリンピックに対して嫌悪感を持ってい…

岡本綺堂『鎧櫃の血』

三浦老人による昔話という形式をとった短編集。怪談色は薄くなっており、まともに幽霊と呼べるものは「置いてけ堀」くらいじゃなかろうか。もちろん非現実的な事件も数多くある。 岡本綺堂は、明治5年の生まれだ。彼の生まれた環境には、間違いなく江戸の名…

新潮日本文学アルバム 安部公房

安部公房という作家が何を見ようとし、追い求めてきたか、その足跡を写真つきで辿っている本。 特に安部公房の文学活動の時代区分を「故郷喪失」「生きている無機物」「他者への通路」「悪夢としての都市」の四つに分類しているのはなかなか面白いし、よくま…

ロラン・バルト『物語の構造分析』

かれこれ四年ほど興味があって、今回ようやく読んだ。タイトルを見て興味を惹かれる人は結構多いように思うのだが、言語学や哲学、構造主義の基本を知っていないと、自分みたいに頭に疑問符が沢山浮かぶことになるかもしれない。 メインである『物語の構造分…

安部公房『榎本武揚』

正直なところ、この作品を読むまでは幕末の騒乱はさほど興味の対象ではなかった。ましてや榎本武揚のことなど、更に考えたことなどなかった。 この作品は、私が北海道の厚岸を訪れるところから始まる。そこで私は旅館の主人から、船で護送中に叛乱を起こした…

石の眼

海腹川背DSを買ったことは前回の記事の通りだが、それに加えてRPGツクール2000も買っていたので、読書に身が入らなかった。今年は北海道でも信じがたい暑さになったのもあるだろうが、ゲームというのは本当に時間食いだ。 しかし多少は落ち着いてきたので、…

上村勝彦『バガヴァッド・ギーター』

クリシュナときいて反応する人はどれぐらいいるだろうか。自分は女神転生でその名前を知ったのだけれども、彼はインドでもかなり慕われているそうな。 バガヴァッド・ギーターは、マハーバーラタの一部を抜き出した聖典で、クリシュナとアルジュナの対話の形…

コラン・ド・プランシー『地獄の辞典』

ものものしいタイトルではあるが、その筋では有名過ぎる一冊。かの金子一馬氏もこの本の影響を多大に受けていると思われる。 この原著の初版が発行されたのが1818年。当時のフランスにおいて噂されていた不思議な出来事や、悪魔に関することなどをまとめてい…

憧憬

最近、ギネスビールにはまっている。ドラフトとエクストラスタウトを試したが、どちらかといえばドラフトの方が好み。ギネスグラスも現在四つある。 そもそも自分はビールが苦手だ。付き合いでならなんとか飲める程度で、例外といえば餃子の時ぐらいだろう。…

岡本綺堂『白髪鬼』

岡本綺堂作品の中で、一番読みたかったのがこの『白髪鬼』の表題作だ。高橋葉介ファンならすぐにわかるかとは思うが、葉介先生は白髪鬼を漫画で描いている。そこから興味を持ったのだが、なぜか『中国怪奇小説集』を先に読んだ。次こそはと思ったら、実はこ…