コーヒーと怪奇談

この間、以前から気になっていた店に行ってきた。コーヒーの専門店で、小さな喫茶スペースもあるところ。小さな店内にコーヒー豆の香りが満ち溢れて、強風の中歩いてきた疲れが飛ぶようだった。
一杯250円と値段も安い。ブレンドを頼んで飲んだのだが、エッジのきいた味と、強い香り。しかし味はさっぱりとしていて、喉にすうっと通る。おそらく三杯以上は余裕でいける……これがうまいコーヒーなのかと、感心した。
元来自分はそれほどコーヒーは好きではない。だけど、やはりこうやってうまいものと出会ってしまうと、自宅でもと思ってしまう。
しかしまだ踏みきれてはいない。紅茶よりはハードルは低そうに見えるものの、むやみやたらと趣味を増やしてしまうのもなんだかなと思った。でもそう遠くないうちに淹れ方を勉強し始めるのではないかと思う。近くにそういう店があるんだし……。
そして今日、大事に使っていたチャイ専用の器にひびが入った。贔屓にしている窯の作品で、去年の七月に買ったばかりのもの。色合いと形がチャイとマッチしていて非常に気に入っていただけに、そのショックは甚だ大きい。実のところ、値段もやや高い。
ドラえもんのマグに逆戻り。しかしまあこいつとも長い付き合いだから嫌いではない。

岡本綺堂中国怪奇小説集

「すべての妖はみずから興るのでなく、人に因って興るのである。あなたは人に知られない悪念を懐いているので、その心の影が羅刹となって現れるのではあるまいか」
閲微草堂筆記 鬼影

実は、結構長い間積んでいた本。もともとは同作者の『白髪鬼』が読みたくて探していたのだけれど、なくて悔し紛れにその時買ったもの。
しかし予想に反して面白かった。岡本綺堂が中国の小説の怪奇談を選んで翻訳したもの。青蛙堂の例会に集まった人々が話を順にしていくという方式で進む。ひとつひとつの話は短く、長くても七、八ページ、短いものだと五行程度のものもあるので、ちょこちょこ読むのにもいいのではないかと思う。また日本でも知られている話(天女の羽衣など)の元みたいなものが結構あるので、比較しながら読むのも面白いと思う。
また文章が非常に読みやすい。よくふりがなが振ってある光文社もいいのだけど、岡本綺堂の文章がとてもいい。なるべく意訳を避けたとのことだけど、すごくわかりやすいし、古代中国の知識がなくても話自体はきちんとわかる。このへんの力量はすごいなとうなった。
面白いと思ったものは、都を落ちた笛師が、泊まった古寺で虎の頭に人の体をした怪物に笛を吹いてくれと頼まれる話かな。怪奇談の類はよく見ると、怨恨などからくる因果的な話が非常に多い。その中でもこの話はそういうのはまったくお構いなしで、相手の欲望がままにふるまうのが面白い。この虎男は実は主人公を食べにきただけで、すきをうかがっていたという話。こういうもののほうが話としては好き。
もうひとつ面白いものがあった。戦をひかえた大将が、廟に参詣して、十人の敵を斬り殺せますようにと願いをかける。するとその夜の夢にお告げがあって、悪い願いをかけるものではないけど、お前が人手にかからないよう救ってやろうと言われる。戦の日になると、その大将の軍は大敗して、逃げることができないと悟った大将は自殺する、という話。
他にもたくさん面白い話はあったし、どうしようもない話もあったけど、とても書ききれない。これで岡本綺堂に大いに興味を持ったので、『影を踏まれた女』を買い、『白髪鬼』は届くのを待っている。後者の表題作は、実は高橋葉介先生が漫画で描いていて、岡本綺堂を知ったのも葉介先生から。どこから根が広がるかわからないものだ。

中国怪奇小説集 新装版 (光文社文庫)

中国怪奇小説集 新装版 (光文社文庫)