小沼丹『懐中時計』

小沼丹『懐中時計』を読了した。この短編集を読むのは三度目。昔はこの本が放つ、のどかな田舎の景色に感動をおぼえたりしたものだけど、今では特にそういったものを小説に求めてはいない。
この本には、大寺さんという人物を主人公にした短編がいくつか収められている。自分は小沼丹の中で、これらが最高峰だと思っているのだけど、前回『村のエトランジェ』を見て、その作りの違いを確認しておきたかったので今回読んだといってもいい。
作者自身も書いていることなのだけど、妻の死で、気持ちの整理をつけたくて書いたものが大寺さんシリーズの『白と黒の猫』だ。そこには徹底して感情的なものや意味付けを遠ざけた世界があって、自分としてはそこがうまく作用しているのではないかと思う。だからこそ、死というものが胸に何の重たいものを残すことなく通り過ぎていく。
このシリーズは読んだ感触としては、漫画だけど『ヨコハマ買い出し紀行』なんかに近いと思う。生きた世界からカッターで切り出したような世界。こういった漫画が認められている現代ならば、もっと小沼丹が見直されてもいいように思う。ただし、人によってはただ退屈に終わる可能性もある。
また、この短編集でもいくつかの作品は、話の作りにこだわっているものもある。そうした作品を見ると、ミステリなんかを結構好きだったのではないかと思う。こういった方向性では同作者の『黒いハンカチ』が非常に面白い。ロイド眼鏡をかけた女教師探偵という、今にでも通じそうなのほほんとした作品は、入口としても入りやすい。

懐中時計 (講談社文芸文庫)

懐中時計 (講談社文芸文庫)