オネガイダカラ タスケテヨ
箱はただのダンボールではなかった。硬化プラスチックなみの粘りと堅さ。
正面に覗き穴があった。郵便受けほどの、切り穴。
覗いてみた。ぼくの後ろ姿が見えた。そのぼくも、覗き穴から向こうをのぞいている。
ひどく脅えているようだ。
ぼくも負けずに脅えていた。
恐かった。
安部公房『カンガルー・ノート』読了。彼はこの次の『飛ぶ男』を完成させることなく亡くなってしまったので、これが最後の長編ということになる。
ある日、足にかいわれ大根が生えた男が、病院で硫黄温泉行きを宣告され、ベッドに乗ったまま様々な場所を巡っていくという、あらすじだけ書いたらとんでもない話。途中で色々な歌詞めいたものが挿入されたりして、なんともアリスのような世界だなと思った。しかしどんなに近くにいても、それ以上は近づけない壁みたいなものが常にあって、他者との関係性が絶たれていく様子がよくわかる。そこに安部公房の死に対する意識が見えるような気がして、いつもより弱々しげな文体も相まって非常に悲しくなった。
一人の故人作家に熱中している時、その人がまだ生きているかのような感覚で作品に夢中になるということは、よくあることだと思う。今回の作品は、そこに彼の死の実感を、痛烈なまでに突きつけてくれた、というのが大きい。
病院で体験したことや、見た夢なんかから構築したのだと思うのだけど、前者に関しては安部公房があまりダイレクトにはとらない手法なので意外に思った。なので、彼の作品にしては、感情的になって読んでいた。
読みやすさとしては、安部公房作品の中でも『人間そっくり』なんかと並んでトップクラスだった。五感に訴えかける文章のうまさは相変わらずで、以前より割と簡素になっているにも関わらず、しっかり伝わってきた。
今までの安部作品とは、やや違う感じもあるが、人によって見え方がかなり変わってくるだろうなとは思う。
ちなみに、作中で結構Pink Floydについて語っている。
- 作者: 安部公房
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1995/01/30
- メディア: 文庫
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