岡本綺堂『白髪鬼』

岡本綺堂作品の中で、一番読みたかったのがこの『白髪鬼』の表題作だ。高橋葉介ファンならすぐにわかるかとは思うが、葉介先生は白髪鬼を漫画で描いている。そこから興味を持ったのだが、なぜか『中国怪奇小説集』を先に読んだ。次こそはと思ったら、実はこの本は続編みたいなもので、『影を踏まれた女』が先だというのでこちらから先に読み、ようやくここまでこぎつけたわけだ。
これも怪談集で、今回は現代が多いせいか、比較的幻想味の少ない話が多いように感じた。
やはり表題作は秀逸で、得体の知れない恐怖が作品の根底をつきぬけていて、怪談独特の投げっぱなしも気持よく感じた。葉介先生の漫画では、伊佐子さんは猿の仮面を持っていたのだけど、原作は小さな熊手と、笹の枝に通した唐の芋だ。猿の仮面は前半の『影を踏まれた女』収録の「猿の眼」という怪談に出てきたものだと思われる。
いわゆる怪談らしさが存分に出ているのは、やはり江戸時代が舞台の『百物語』、『妖婆』あたりだと思う。
戯曲がうまい人だけあって、やはり会話文がうまい。文章にも言えるけど、極力感情を押し出さず、証言を聞くかのように、淡々としている。現代においてもこの読みやすさというのはすごいと思う。感情を存分に入れて、おぞましいほどの恐怖表現をしただけでは、怖がるのは怖がりの人だけだ。漫画や映画ならばそれでもいいと思うけど、小説ではやはり読者に想像の幅を持たせるのがいい。
岡本綺堂は明治初期に生まれたので、江戸末期の名残が小説にも色濃く反映されていて、非常に近しいものに感じられるのがいい。また関東大震災当時の地方の視点からの話もあって、色々と新しい視点を与えてくれる人だなとの印象を強めた。
文章は非常に読みやすいので、怪談に興味ある人は是非岡本綺堂を読むべきだと思う。

白髪鬼 新装版 (光文社文庫)

白髪鬼 新装版 (光文社文庫)