上村勝彦『バガヴァッド・ギーター』

クリシュナときいて反応する人はどれぐらいいるだろうか。自分は女神転生でその名前を知ったのだけれども、彼はインドでもかなり慕われているそうな。
バガヴァッド・ギーターは、マハーバーラタの一部を抜き出した聖典で、クリシュナとアルジュナの対話の形式を取っている叙事詩。そこには、一族内での争いがついに戦場での決戦にもつれこみ、両軍の中間に馬車を走らせたアルジュナが、敵軍に自分の親類がいるのを改めて見て戦意喪失するという背景がある。そこで御者をつとめていたクリシュナが、彼を鼓舞するために説教を始めるところから本筋が始まる。視点は敵軍の盲目の王ドリタラーシトラの側にいるサンジャヤが千里眼でその様子を語るというもの。
行為の結果を求めず、自分の定められた行為を一心に行えと説き、たとえ彼ら(相手軍)が死んだとしても存在は消滅しないので、自分に課せられた行為を全うせよと説く。
やがて自分の正体をクリシュナは明かす。ご存知の通りクリシュナは神、それもヴィシュヌの化身である。そこにおいてクリシュナは繰り返し、放擲の重要さを説く。ここでの放擲は放棄を意味するものではなく、一切を神としてのクリシュナにゆだねるというもの。それこそが解脱へと至る近道だと説く。
そこからどんどんプラクリティだのプルシャだの、ブラフマンに純質・激質・暗質だのといったインド哲学用語が所狭しと飛び交うが、訳者の上村勝彦氏の丁寧すぎる訳注や解説があるので、まったくわからなくなるということはない。
この聖典の中で語られていることで面白いのは、人として社会的生活をする中でも解脱することができるというもの。それゆえにバガヴァッド・ギーターが多くの人に支持されるのではないか。作中においてクリシュナは、定められた行為をするために相手を殺せと、血生臭いことをはっきり言うが、同時に極悪人であってもクリシュナを念想するものは彼の信愛を得るとも言っている。背景にはもちろん輪廻思想がある。
上村勝彦氏は、敷居の高そうに見えるインド古典文学を、非常に一般人の理解しやすいところまで砕いて説明してくれている。文章も非常に読みやすく簡易で解説も丁寧(60ページほども解説に費やしている)なので、本書を読むのは難しくはない。同じ上村氏の『インド神話 マハーバーラタの神々』と合わせて読めばさらに楽しくなると思う。

バガヴァッド・ギーター (岩波文庫)

バガヴァッド・ギーター (岩波文庫)