安部公房『砂漠の思想』

エッセイがうまい作家というのはかなりいる。しかしエッセイも小説も抜群にうまい作家というのは、実は結構少ないと思う。その中にあって安部公房は、エッセイも小説も抜群にうまい。その徹底した分析思考を、作家こそ持つべきだと思う。作家は仮説(無論学術的なものよりは自由度が高いが……)を立てるのが仕事みたいなものなのだから、それを裏付ける努力が必要だ。
『砂漠の思想』は、様々な時代の安部公房のエッセイをまとめたものだ。その中にはまだ思考が固まりきっていない段階のものもあって、『死に急ぐ鯨たち』や『内なる辺境』と比べると、その多岐に渡る内容に、最初は戸惑うかもしれない。それはあとがきで安部公房も認めていることではある。
しかしそれらが、小説の発想のもととなっているだろうと思われる部分がたくさんあるし、はっきりと明言しているところもある。安部公房作品が好きならばまず見過ごせない事実だろう。雑多な文章に強いて一本通すとすれば、日常性や常識に対する疑念ではないだろうか(漏れるものが出るのは承知の上で)。こうしたステロタイプが何の考えもなしに浸透している事実に、安部公房は疑念のメスを入れる。その最たるものが「殺人が悪なのではない」だと思う。これはもうタイトル通りの内容なので、読んで確かめてみてほしい。
創作に関しては、「SFの流行について」が非常に鋭い指摘をしていて、とても刺激的だった。疑似科学にこそ、作品を作品たらしめる仮説を生み出す源泉があるという主張は、仮説の重要さを常々考えている自分にとって、とても良い刺激となったのは言うまでもない。
この本を読んで思うことは、仮説とそれを裏付ける分析の重要さだ。まさにそれは、安部公房の文章自体からこれでもかとばかりににじみ出ているとよくわかる。

砂漠の思想 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)

砂漠の思想 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)